OUR CHEF

name

Genta Kuranaga

倉永 源大

title

CUISINIER

unis / cuisinier
socialkitchen / cuisinier

Genta Kuranaga

CAREER

1989年生まれ。大阪の専門学校卒業後、大阪のレストランJAMINで料理の基礎を学ぶ。その後、俺の株式会社に入社。俺のフレンチ博多のオープニングスタッフとして勤務。現在はunis兼socialkitchenの料理人を務めている。

STORY

僕はきっと料理人になると思っていた

僕は小さい時から料理人になりたくて、自然と家でも料理が上手な母親と一緒に料理をしていたような子でした。毎日のようにキッチンに立ち、家族に料理を振る舞って喜んで貰うことが何より嬉しかったです。調理師学校に行きたいと両親に話をした時は、小さい頃からの夢なんだから料理の道で頑張りなさいと応援してくれました。専門学校では様々な料理やお菓子を学びましたが、フランス料理人のかっこよさに憧れ、フランス料理の道に進むことにしました。専門学校卒業後は担任の先生の薦めもあり大阪にある20席ほどの小さなレストランに就職しました。

食のレベルを上げるには

 

僕は新卒でいわゆる地元に根ざした20席ほどの小さなフレンチレストランで働いてました。シェフと僕とパティシエと・・・みたいな少人数で毎日忙しいようなお店でした。その時に感じていたのは、毎日忙しい仕事をこなしていく中で料理人が表に出て有名になるタイミングがないなと。小さなレストランにも技術があって優秀な人はたくさん居ると思いますが、自然と埋もれてしまうのではと考えていました。

適齢期になると、人生において結婚などのタイミングなどで今の立場を考える時が来るはずです。その時にこのままでいいのか、料理人として勝負した方が良いのかなどと考える人は多いと思っています。僕の場合は、そういった事を考えている時、目の前のチャンスを掴むことが重要だと感じます。自身のスキルアップや知ってもらうきっかけ、食のレベル全体を上げるためには、チャンスを掴んでいくことが必要なのではないかと。僕もその一人ですが、そう考えると、やっぱり有名になりたいと思っている人は多い印象で、何らかの形で自分の名前やクリエイションが表に出るタイミングを伺っていると思いますね。

スポットライトが当たる場所

Social Kitchenは良い意味で皆フラットで均等にスポットライトが当たる雰囲気を感じます。自分がやりたいことがあれば、声を拾い反映させてくれる環境があるのではないかと思っています。

コロナの影響で生産者や業者さんも苦しんでいることを目の当たりにしました。結局、僕達が使っていかないとますます苦しくなると思うので、自分達が動けるようになったら積極的に生産者と繋がっていき、業界全体を盛り上げていきたいと考えています。

僕は地元が福岡で、福岡と東京と両方で勤務した経験を基に感じたことは、東京で使っている食材が地方まで回ってこないことが多いということでした。東京の方が多様な食材を使用する機会が豊富だということです。今後は、地方都市でも東京で使っているような食材が使えたり、お店の雰囲気だったりが東京と同じレベルになるよう整えていき、飲食業界を盛り上げていきたいです。

このような事をはじめ、地域格差は常に感じています。まずは日本全国的に同じレベルで底上げをしていかなければ成長が止まってしまうと。Social Kitchenからフラットな環境を提供できたらなと思っています。

決して、自分だけが良いとは思わず、皆が切磋琢磨していかないと、努力する人が居なくなってしまう。その結果、日本全体の食レベルが上がっていかなくなると考えているので、皆で努力し、業界を盛り上げていきたいと思っています。